2024年3月28日木曜日

翳りゆくひと。[021]


[021]

デスクに置いたスマホが震えている。わたしは特に何も考えることなく通話ボタンをタップした。

「もしもし」
『お父様の件ですが』

第一報が入ったのは2023年7月12日昼過ぎのことだった。電話の主はいぬかいのヨコミツさん。

『きのうデイサービスから帰るときに急に足の動きが悪くなって倒れてしまって、帰ることができなくなったので、私どもの施設に宿泊していただきました』
『今日はうちの系列病院の脳外科で検査を受けていただいています』

脳外というだけでいろいろ想像はできるが、デイサービス中で助かったと思う。そしてやはり隣に病院があったのは幸いだったか、とも思う。

医療保険証がないので一時的に10割負担になるというヨコミツさんに、わたしは「家の電話台の後ろに白いファイルケースが置いてあります。その中に保険証が入ってます」と伝えた。いぬかいの方々はときどき室内に入っているはずだったから、場所はわかるだろう。
いずれにしても、置き場所をきちんと決めておいてよかった。

ヨコミツさんの口調が穏やかだったので、わたしも冷静に「よろしくお願いします」と言うことができた。

夕方になって、今度はケアマネのサダカタさんから連絡が入る。
マサさんは、自宅マンション近くのよしおか病院に入院することになったとのこと。よしおか病院はマサさんのかかりつけであるとともに、個人病院でありながら地域の中心的な存在の大きい病院だ。それはありがたい。
サダカタさんからは、まずはよしおか病院の「地域連携室」という部署の担当看護師のヤマモトさんに電話してほしいと指示を受けた。

『入院の事務手続きと、それから担当医師からの説明がありますので、病院まで来ていただくことはできますか』
「わかりました。早急に調整をいたします」

ヤマモトさんの口調にも慌ただしさは感じない。

一方でわたしも電話の向こうからの指示をただ受け身になって聞いてるだけのような感じだったけど、それでもひとつひとつきちんとこなそう、そんな意識だった。慌てずに。

さて、超多忙なサラリーマンというわけではないが、それでもこの時間帯からの休暇取得はなかなか難しい。結局、休暇は翌日の午後からの取得として、昼すぎの便で向かうことにした。

その夜、あっちゃんに電話を入れた。

「明日、入院の手続きがあるから、午後にはそっち行くから」
『わかったわ』
「マサさんの様子、見てきた?」
『普通だと思うわよ』

明けて出発当日、7月13日。

予約便の関係で病院到着が16時半を過ぎてしまうことをよしおか病院のヤマモトさんに連絡した。『医師の予定もあるので、明日14日の午前10時に来院してください』ということになった。
ということはつまり緊急事態ではないのだな、という理解をした。
気は急いているものの逆に少し落ち着いた心持ちで、わたしは保安検査場を抜けた。

一応あっちゃんには、病院に行くならわたしの到着を待たずに行ってねと伝えた。

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